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どうでもいいニュースの数々

2014-03-06 | 考え事 | コメントはまだありません

どうでもいい話。

  • だれそれが不倫した
  • ほにゃららはパクリだった
  • なになにはデマでホントは云々だった

とか、とか、なんかすごくどうでもいいニュースが日々TLを飛び交い、それをしたり顔でコメントする安っぽい面々の平和な日々をすごく遠くから見守り、あんたがそれ言わなくてもとっくに誰かが言ってるんじゃない?なんてわざわざ言いに行ったりはしないのが、あたくしなりのオトナ観であります。
ここまではいいの。平和だしね。

TLで呟いてる分にはいいんですが、リアルの側だとこういうのを懲りもせず持ってきて、いかがなものか、だの、君はどう思う、だの、ありきたりなコメントや同意を求めてる表情。
空気ともいうアレだ。
仰るとおりですと言って欲しいなら、先にそういう枕詞を置くのがフェアプレーというものだ。

めんどくさーい。
そんなあたしの人生に対してミジンコの屁ほどの微風も吹かせない事象について、本当にあたしが、コメントすると思ってるんですかと言いたい。
いやあたしは実際に言うんですが、懲りもせずに言うわけです。
「どうでもいいっすね」
ああ、今日もあたしのコメントはコレだ。

少しは引いてくれるとその後が平和なんですが、同じような話題を、また振ってくるんですよね。
困るんだよ。芸能人結婚なんてどうでもいいし意見なんか持ってない。政治家とかは汚職やってもいいから職務遂行してくれれば文句ない。スポーツ選手の性格が悪くても競技に関係ない。人気アイドルがシリコンフェイスだからなんだよ。知るか。
したり顔、訳知り顔で朗々と語る皆さんはたいてい、どっかからコピペでもしたかのような、なんの新鮮さもないどうでもいいコメントを語っては満足げ。
そのコメント自体、すごくどうでもいいんですけどと言えると楽なんだが、ヒトとは社会性の生き物であるがゆえに、なかなかそこまでは言いづらいというのが実情なのでございます。

買うのは楽

2013-06-03 | 考え事 | コメントはまだありません

使い続けるのはメンテが大変だし面倒。
捨てるのは億劫だし気が重い。

それを買う前に、クリックしちゃう前に考えたい。
買うには、クリックしてカード番号を入れればいい。指さえ動けばいい。
メンテは小まめにやらないといけないし、使い続けてあげないといけない。
捨てるときは、集積所まで持って行く。ビニールに入れ、曜日を選び、時には有料のシールを貼って所定の場所に置いたりする。

飽きて放置したり捨てたりしない、きっと気に入ると根拠もなく思い込んでポンポン買い物をしている人は多いし、あたしもそういう買い物をよくしてしまう。
買うという行動に快感が伴ってるんだろう。
お金を払って快感を得て、本当は要りもしない道具や服を買う行動は、見栄や虚栄心やニセモノの幸福感を求めて、綺麗なおねーちゃん(orイケメンのおにーちゃん)のいるお店で酒を呑むのと似ている気がする。もっとも、あっちはメンテも廃棄も必要ないから、そういった意味だけでいえば手離れはよさそうだ。
購入前にコレに気づき、購入ボタンを押さずにブラウザを閉じることがある。
本当に必要な物が、カゴに入っている何かなのか、買ったという満足感なのか、手に入れたという所有欲なのかは、見極められるようになっておきたい。

あたし自身は上に挙げたような店で酒を呑むのがひどく嫌いだ。だからそういったお金の使い方はしないが、例えばAmazonなんかで、読みもしない本をポンと買うことはやってしまう。小説ならまだいいが、技術書でこれをやるのが悪い癖だなと感じている。
買った時点でその技術の劣化・陳腐化は進んでいるのに、素早く吸収しなければいけない性質のものなのに、買ったことで満足して放置してしまう。
この場合は、「その気になればいつでも読める状態」に自分を置くことが、いつの間にか目的になってしまっている。

明確に必要ですぐ注文しなければならない時を除いて、あたしは買い物カゴに商品を入れたあとで数日放置することにしている。
冷静になるまで待つ。
通販で買おうというもので、今すぐ必要なものなんてない。今すぐ必要なら実店舗に行くわけだから。
なので心が騒がしくなくなるまで待って、ほんとうに必要かどうか考えて、それから購入ボタンを押す。
呆れた話だが、欲しいとは思うけど今じゃなくてもいい商品が、Amazonの買い物カゴにはたくさん入っている。定期的に整理するが、それでも商品の点数にして100を切ることはまずない。
既に5年以上、カゴに入りっぱなしの本なんかもある。あの本を買う日はこないかもしれない。
欲しいと思うものはたくさんあるけど、必要な物ってそんなにはないのかなと思う。

有料のシールなんか貼らないよ、そのへんにこっそり捨てるよという人がいるかもしれない。
疑う余地もなくクズです。きっとペットやお子さんも、そのように扱う方なのでしょう。誰かにそうやって捨てられてみたらいい。
買うのは商品だけじゃなくて責任もなんですよ。
買ったら、ちゃんと使う、ちゃんと捨てる。
お買い物の時には都合のいい場面だけを想像しがちだけど、そうじゃないよということをあらためて考えたい。

のは、やめたほうがいいんじゃないかという話。

あ、ご気分害しますよー。いいですかー。

「私いわゆるアラサーなんですが、」
とか、いわゆらないし30代を指す言葉を何かオブラートにでも包んでいるつもりなんでしょうけど、考えてみてほしい。なぜ言い換えたのかがよくわからなくないですか。
ねえ、なんで言い換えたんですか?

バツイチとかアラフォーアラサーとかああいう、早い話ぶっちゃけ正直、

もう商品価値ないんだけど生きてます

みたいな存在を指す表現の周囲には、こういう、本来の意味をなんとか隠して真実を見せないようにする言葉が、水カビよろしく漂っているというイメージ。
何が気まずくてカモフラージュを計るのか知りませんが、その言葉を用いて騙す相手が他でもない自分になっている気がしていて、それって滑稽じゃないですかと思うのです。
アラフィフとか聞くと腹筋力入れてないと危ないもん。向こうはそりゃ必死だよ。レンジャーもかくやの迷彩を施して「私まだいける」と暗示かけてんでしょうけど、そのトンチキな私安売りしません宣言を高らかに歌われてる我々は、そんなの、関係ないんですよね。
どうでも、いいんです。
なんで、ハゲでもバツイチでもちびでもデブでも人工透析でもアラフィフでも共産党でもいいんで、回りくどいんで、そのまま表現してくれる方が楽なんです。
ああ、オバサンだと言われたくないんだなとか気を使わせてるんですよあなた。こっちに莫大なコストを発生させているわけです。
あんたの恋愛体質とか完全にどうでもいい我々にコストが発生しています。公的資金の投入が必要なレベルです。

こっちの知らないところでエスケーツーとかコウジュンとか色々頑張るのはいいんです。若々しくありたいとする姿勢もいいと思います。
が、持って回った変な言葉を弄して「察してちゃん」しつつ、自分を無理やり若い人扱いさせようとするその態度については、ちょっと看過しかねるんですよねと思うんです。
昔みた人で、60歳くらいの、日舞仕込みの背筋の伸びがシャンとした、かっこいいおばあちゃんがいたんですよ。化粧もそんなに厚くない、なんというか、品の良いラインというのをよく分かっていらっさるのだろうなあという佇まいの方でした。
翻って、40だろうが50だろうがいいんですが、表面仕上げがもうなんだか残念なところに、無理くり20台30代のテクスチャ張り込もうとして、いろいろと相乗効果が発生しちゃってる事例とか多すぎんですよ。みっともないからやめたらいいのに。

みっともないといいました。
「いや俺はまだいける」
とばかりに髪を頭頂部横断の旅に出してバーコードを生成していらっさるお父さんがたと、やってる内容はあんまり変わらんのかなと思いってるわけです。ピッ、菓子パン143円です。
あれみっともないよね?
みっともないと思うんだったら、自分のことも気づけると思うんだよね。
「まてまてあたしは枯れとるわ。さてどうしよう」
ここからじゃないですかね、品とかそういうのって。

品がどうこうとかもあれなんですけど、上に上げたような流行り言葉ライクな色々ってのは、それもう一般にまで浸透してるから、あなたが使い始めてるんだって事実に気づいて欲しいんですよ。
あんたが流行りだと認識した時点で、もうそれ死に始めていて、そういう視野から見るとやっぱり、みっともないっていうか頑張ってついてってる感みたいなのが透けて見えちゃうんですよ。おじさんがテニ部とか言ってるの見たらちょっと憐憫の情を覚えるでしょ?
透けて見えていいのは若い子の脚部と肩口くらいなもんで、あんたの下地とか見栄とか軽薄なとことかは、やっぱ見えないほうがいいんじゃないかと思うんですよね、お互い気をつけたいところですけど、あたしがいいたいのはそういうことなんですよ。

たかーすーくりにっーく

2013-04-25 | 考え事 | コメントはまだありません

NEWSポストセブン|高須院長 大金持ちになる方法伝授「今狙うべき銘柄は…」

我が家の家訓は「この世で起きたことは、全部この世で解決できる。何をくよくよすることがあろうか」なんだよ。すってんてんになったって、生きていさえいれば問題ない。舞台の上に立っている限りは、つねにチャンスはある。生きていりゃいいんだよ。

高須克弥というひとの、生来かは知らないけど底抜けに楽天的な視野というのが凝縮されているようにみえる。尋常でない努力の人でもあるけど、なんかこう苦労しました感とか悲壮さとかを見せない人よね。
遊ぶの好きで金持ちで元気な爺さん。すごいよ。

お褒めの言葉を頂戴する

2013-04-24 | 考え事 | コメントはまだありません

ちょっと前の話。

なかば土日返上してまで意地はってスクリプト組んでまして。仕事で使うと、非人間的な作業に一部を自動化できますみたいなの。
褒賞祭真っ最中のMHFにおおきな遅滞を残す羽目にはなったが、それなりに動くもんができました。
「社内で使ってねー」と渡した数日後のこと。

会社の新人さんたちがちょうどその作業にあたっていたようで、日報(メールで飛んできます)に嬉しいことが書いてありました。
曰く、先輩がくれたツールで仕事が楽になりました云々。
あたしが費やした10時間で、会社の数人の数十時間を浮かすことができてたら、意味のある仕事だったと言えそうです。

いつもは、直に役に立ったよ感とかってお客様からは伝わったりしないのよね。
自分のプログラマとしての腕や素養は涙なしには語れない有様なのですが、そんなんでも人の役に立つことがあったのは、とても嬉しいできごとになりました。

こういったプリミティブなところでの達成感つうのを久しく感じなかったのですけれど、そもそもコンピュータに仕事をさせる意味ってこれだよね。
いろいろ忘れていることかあるなーと思わされました。
だいたいちょっと褒められたくらいではしゃぎすぎなんだよ(´・_・`)