人間の性能的に、またフレーム的に困難な対応をしていると発覚したときは速やかにその努力を辞める、という話。
先日気づいた、中足迅雷が19Fで飛んでくるという単純な事実はけっこうなショックをわたしにもたらした。ただ足し算をすることに思い至らないまま1年半も対応の努力を盲目的にやっていた。
減らさんといかん。こういうのは。
コンボもままならないのに差し返しの練習するみたいな。
全くの無駄じゃあないかもだが、優先順位はそこじゃないよね。

ポジティブな諦め方

よくある、飛びとインパクトとラッシュを全対応しようとして全部食らうとかもこれに当たる。
ぼんやり思ってきたことだが、素養として「選択肢の捨て方」が分かってないとピンとこないんじゃあないのか。
わたしは効率的に選択肢を削ぐことについて学んでこなかったので、故に上の三択の整理を(心情的に)呑めない。
捨てた選択肢に当たってしまったとき「しゃーなし」といえない。

麻雀とかの「降りる」とかもすんごい苦手。ツール・ド・フランスみたいなロードレース競技のゴール前で急に漕ぐのをやめ、ゴール争いを降りるとかもそう。
なんか昭和の味するなあ? 努力は美しいみたいな、ねえ?

少し前から「上見てます」「ラッシュ見てます」とか、時分割で見るところを切り替える練習に取り組んでるけど、ほとんど矯正みたいなものだ。取り組みに納得はできてないものの、もともとの思考で成果を得られていないのだから機械的にそうする、みたいな。
このうち、「上見てます」の時間だけは成果を生むことが増えてきた。「ラッシュ見てます」は止められないか、見てるだけで対応する行動がメモリに乗っておらず、被弾している。
この辺の話は、ぷげらさんやいおりさんが動画で頻繁に触れているやつだ。
いまのままじゃダメだし、言うこと聞いてみよう、って思ったわけ。

定規を作る

じゃあどういうときに「無駄な努力をしてる」と気づけばいいのか?
なんでも「無駄な努力」と判定しちゃうと、続ければ芽の出ることも捨てちゃうことになりそうな気がする。心情的にどうこう。飛びとインパクトとラッシュの話と構造が同じだ。

なので一定の基準を設けて、判定が無駄とでたら機械的にポイする取り組みがいる。
「わしゃ性能低いんだからしょうがねえだろうが」とかでムキになることを阻止するのが難しい。でもムキになって上手になる類のゲームではないだろう。
なんか取り組みをやるぞ―ってなったら、Scrapboxに「今日からこれやりますリスト」的なページをこさえて、日付つきで記録していこうか。一定期間内に成果が上がらなければ練習メニューから外す。
成果の上がらん理由が一定期間内に大して練習してなかったためだとしても、一旦外す。
これなら「ほんとに努力したとはいえないかも」みたいな未練を落としていけるんじゃなかろうか。

一定期間ってどのくらいかなあ。
ちょっとしたコンボの完走までに2週間弱かかる人だから、2ヶ月くらいの線を引かないと出る芽も出ずに捨てることになっちゃいそうだ。
長いなあ、とは思うけど、このさき何年かはスト6続くしね。

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