バカは壁

「◯◯ってなあに?」
と親に訊くと、辞書を見たかと言われる環境で育ちましたが、それほど辞書に親しんでいる感がありません。たぶんよく考えもしないで人に聞いては、そのまま忘れてきたんでしょう。
生まれてこっち、ずーっと忘れっぽく、ずーっとぼーっとしています。
ヨメはしょっちゅう呆れています。
月に一度以上の頻度で、温かいお茶を入れた水筒をかばんに入れ忘れ、テンション低いまま一日を過ごし、帰って呆れられるまでをテンプレとして暮らしています。

「人に訊く」のは「辞書を見たか」という障壁というかコストを伴うのだなと覚えたあたくしにとって、今は便利な時代になりました。
いまは、
油ってなに?
逆に水って?
水といえば逆浸透膜って?
と、延々々々ずーっとクリックし続け、新しいタブで開き、ページをあちこち行き来してはナレッジの海を泳ぎ続けて遊べるようになったわけです。GoogleとWikipediaがあたしを賢くしました。
クリックはコストというほどのなにかを伴わないので、気楽です。たいていは忘れてしまいますが、いくつかは記憶に定着してくれています。

お脳のはたらきが鈍く、物覚えが悪いという自覚はあるんです。
勉強ができる方とはとても言える子ではありませんでした。
で、ここ最近でぼんやりと思ってたんですが、あたしはつまるとこ、自分は馬鹿であるという一点をダイナモにして生きているのではないだろうかと思うようになりました。
バカでものを知らないので、バカでなく、物知りさんになることへのモチベーションを保っているんだと。劣等感というのも考え方によっては有用なんだなあ。
これを生かして結果を手にしたいものだと思います。でないとバカのままです。

とかいうのを、集合論とかの記事読んで脳細胞焦げている時に、現実逃避の一環として考えたりしています。
はあわからん。バカだからか。でもバカであることがモチベーションなのだし。読もう。はあわからん。
こういうループ。
考え続けてれば、そのうちするっと頭に入る瞬間が来るんだよね。


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