おねーさんですはろー
お仕事やってて感じたことメモ。
作るからにはいいものを作る、これは当たり前。
提供するからにはいいサービスを、これもそう。
だから、今作っているモノがとてもいいもので、みんな喜んで使ってくれる。
ハイ。
「だから」でつないじゃだめな文。そんな保証はどこにもない。
テキストで読めば「ハァ?」って思うような当たり前のことが、なぜか世間ではまかり通る(けっこうあるよねターゲット見失ってる製品やサービスって)。
こんなくだらないことを書くきっかけをくれたのは、先日職場でやったミーティングでした。
今あるサービスを使いやすくした新バージョン作ろうぜ、ここまではいいよね(いまそういう仕事しています)。
方針や仕様の話がだいぶ煮詰まってくると、そのうちリーダーさんはおかしなことを言い始めるようになりました。
相手「既存の全ユーザも、こっちの新しいほうを自動的に使うようにしたいんだけど」
あたし「……なにいってんすか?」
みたいな。
何でそんなことを考えるようになったのか聞いてみる。
相手「新しい方がいいんだから、そっち使ってもらう方がいい」
あたし「ユーザの中には”前の方がいい”って思う人もいるでしょう。こういうのは選択してもらうべきで、押しつけるモノではありません」
相手「なんで?よりいいものを提供するんだからそっち優先で出すべきですよ」
あたし「いいものという確証はどこにもないでしょう」
相手「いいものじゃないなら作る意味ないじゃん」
あたし「そういう意味ではなく、どちらを好むかは人によって違うのです。我々がいいと思うかどうかは関係ありません。」
ちょっとこのときは空気固くなってしまって参りました。あたしまだ未熟者なんだわ。
使う人がいてのサービス。
よければ使ってね、きにいってくれると嬉しいんだけどな、くらいの出し方の方が、共感や好感はともかく違和感や嫌悪感を与えることは少ないのではないかなと思っています。
そのくらいの腰の低さでそっと出してみて、
「ん、まあいいんじゃないの使ってやらないこともないよ」
くらいが実のところ100点なのではないかなというような。
逆に、
「たしかに悪くないけど、やりかたが気に入らない」
なんて思われたらもう立つ瀬がない。
あたしがもともと、どーんと出されるとドン引きするタイプでありまして、すっごいいいから!とか力説されると萎えるのね。
うっさいなー、いいか悪いかなんて自分で決めるよ、ほっといてよって。
おそらく前出の彼も、普段はそうなのだと思うのね。
このことばっかりウンウン考えている間に、バランスみたいなものを見失っていくのかもしれないなと思う。
他のことなら「自分で決めるよ」なのに、自分が作るものは「みんな気に入るに決まってる」。
落ちやすい穴なんだろう、きっと。

「作り手と使い手との距離」への2件のフィードバック

  1. 全然違う路線の話ですが、活力なべはほんとにいいよ!!
    角煮も1分だもん♪
    (かなり力説したい…新しい訳でもないけど
    作った気がしないとかいわれそうですが
    資源だって限りあるのよー

  2. なべほしー!
    でもでも電子レンジも最近ほしー!
    角煮が一分ってのはすさまじいなあ・・・
    作った気がしなくとも、できてればあたしは文句ないなりw

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