なぜ嫌いなもののことをわざわざ説くのか

おねーさんです。
たまに見かけるのですけど、
「俺は○○のあれがこうでああで気に入らない云々」
「私はちょっとあの○○は納得いかないんだけどさー特にあの云々」
ごくろうさまです。
現代人は忙しいと言うけれど、忙しい割には、わざわざ嫌いなものに言及してわーわーやって時間使っているように見えます。みんながみんなじゃないけど、目にすることは少なくない。
……忙しいんじゃなかったの?
そりゃまーたまには口をついて、
「あたしゃらっきょうはダメだどうもうまいと思えない」
くらいは言うことありますよ。でも時間にして5秒くらいですよ。ねぇ。
見てると、人によっては「なぜそれが嫌いなのか」を延々と説いてるわけ。辻説法でもやればいいのに。
死ぬまでのわずかな時間を、わざわざ嫌いなもののために費やすのはもったいなくないですか。やるなら、好きなもののことを延々と力説すればいいのに。
ニュース、週刊誌、井戸端会議にしろ給湯室会議にしろ、嫌いなものに対して注ぐパワーってすごいなと思う。ネガティブなものが好きなのかしら。あたしどっちかというと苦手なんだけど。
あたしはいつからそうなったかは覚えてないのですけれど、嫌いなものとか興味のないものに対して、わざわざ嫌いだとか興味ないとかをアピールすることがありません。言及するくらいはあるよ。でも延々と言うってのはないな。
もったいないじゃんね。もっと面白い話いっぱいあるんだし。
いいコンテンツ、っていうのは、なにもWebサイトに限って大事なわけではないと思います。そのへんの与太話でも、ネガな話よりは笑える話の方がいい。
もちろん、あたしが面白い話題満載の人で、常時人を笑わせて生きてるんですよなんてことはないのですけど、同じ時間使って話すなら、楽しい方が好きだなあ。
あ、つまんない話は別ですよ。
必要な話に限って、つまんなかったりしますしね。
#そんなことはねーおまえも十分愚痴言ってるだろうという場合は都度ご指摘を(-_-;


なぜ嫌いなもののことをわざわざ説くのか」への2件のフィードバック

  1. にこぱつ

    これむっちゃ共感しますねぇ。
    僕もらっきょう嫌いですしねぇ(違
    結局あれです。プロパガンダにおかされた身分保障の線引きです。
    そうでもしないと自分がどこにいるのか分からないんですよ、絶対座標がないから。
    空を見上げて、星がきれいだなぁ・・・。
    そんなんで十分だと思うんですけどね。 僕は。

    返信
  2. schaft

    にこぱつさん>>
    わー
    座標という言葉を使う人がほかにいたーうれしー!
    あたしはあたらしく降り立った場所でまず、自分の座標を定めるという作業をします。どんな立ち位置で、どう振る舞うのか決めるというような。
    だいたいいつも似たようなところに落ち着くんだけど。
    見てても決まらないッぽいということで、座標探しをするのね。
    気が小さいので、なんもなしで見上げるのは怖いというか。
    身分保障か。身分保障か。たしかに位置が決まらないとすごく不安になるんだよ。この表現されるとすごくよく分かる。
    ということは、あたしも、ネガな話をする人も、やっているコトは違えど本質は同じだって言うことなんだなあ。
    いいこと気づかせてもらった気がする。ありがとう。

    返信

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